発展するお寺はここが違う!本気でお寺の将来を考える住職のための 寺院運営.com イメージ
寺院運営.com

寺院運営コムHOME

お知らせ

無料メールマガジン 寺院運営研究通信

明日のお寺を考える会
経営視点を持って先進的な取り組みを続ける寺院の研究会を開催

寺院活動診断チャート

成功者から学ぶ

寺と人を結ぶネットワークづくり

出版物

リンク集

問い合わせ





成功者から学ぶ-さびれていく寺院と発展していく寺院の違いは?-
子どもが遊べるお寺にするために大人が集う
日蓮宗法田寺(神奈川県中原区)

多くの寺院で、人を集めるために様々な工夫がなされている。しかしそのすべてが成功しているわけではなく、「お寺に人を集めるのは、簡単なことではない。特に現代は、お寺に興味を持ってもらうのが難しい時代だ」と考える住職も少なくない。「一般の人は、こんなことに興味を持っているはずだ」と考えて行ったことも、予想した程の反響を得ずに終わってしまうのがほとんどだ。
原因のひとつとしてあげることの出来るのは、「お寺の中から見た社会」と現実の社会の間にズレがあるということだ。いかに真剣に、いかに一生懸命、檀家や地域の人のことを考えても、やはり僧侶の置かれた環境というのは特殊なものであり、両者の間の考え方の開きは簡単には縮まらないのである。
また寺院が何らかの行事を行うと、「これは寺院のやっていること」と考えて、いつまでたってもお客様気分で参加することになる。お客様気分が続く限り、寺院の活動を、「自分のこと」として真剣に考えることはできないのだ。
神奈川県中原区の日蓮宗法田寺(岸顕雄住職)では、「でんでん虫」という青少年教化団体を組織している。「でんでん虫」は、たくさんの地域の人を巻き込んで、活発な活動をすることに成功した。成功の原因は、岸師が「でんでん虫」の運営を会員に「任せた」ことにある。「任せた」からこそ、会員が一般の視点で、「自分のこととして」真剣に活動をするようになったのである。


子どもたちでにぎわう境内

 法田寺の青少年教化活動を担っているのは「でんでん虫」という組織である。
 この「でんでん虫」の運営方法には、いくつかの興味深い点がある。ひとつ目は、会員が檀家だけでなく、むしろ檀家でない地域の人のほうが多いこと、2つ目は、会員による自立的な運営がされており、住職はあまり口を出さないこと、3つ目は、運営資金は会費でまかなわれ、寺院からの援助は無いこと、4つ目は、何よりもたくさんの会員が積極的に参加し、子どもたちを教化するだけでなく、自分たちも楽しんでいることである。

「でんでん虫」にとっては、4月の花まつり、8月のでんでん虫納涼会、11月のお会式の3つが特に重要な活動の場である。
 それぞれの行事が近くなると、「でんでん虫」の役員らが頻繁に法田寺に集まるようになる。その年の行事に何を行うかを話し合うためである。
 企画が決まったら、当日のスタッフの手配、そして参加者の募集である。案内や連絡は、地区ブロックごとの連絡係りが行う。準備もすべて「でんでん虫」の役員らが行い、スタッフは数日前から毎日のように法田寺に通うことになる。

たくさんの人でにぎわう花祭り


 花まつりの日には、約200人の子どもたちが法田寺に集まる。境内いっぱいに模擬店が開かれ、焼きそばやフランクフルトなどを目当てに子どもたちが群がる。大人たちも野菜市やバザーに集まり、あっという間に売り切れる店が続出する。野点による茶会も開かれ、花まつりの華やかさに色を沿える。本堂前に設けられたステージでは、トークショーやコンサートが開かれる。そして花まつりの最後にはジャンケン大会が行われ、景品が当たった当たらないで子どもたちは大騒ぎである。
 でんでん虫納涼会のメインイベントは焼き肉食べ放題である。最初に岸師によって題目が唱えられ、団扇太鼓の行列が山門から境内に入ってくる。その後、焼き肉食べ放題が始まり、あっという間にバーベキュー用の台の前には肉が焼けるのを待つ子どもたちで行列ができてしまう。そして最後にはやはりジャンケン大会が行われる。
 お会式は、1,000人を超える人が訪れる、法田寺にとって一年間の中で最も賑やかで、大切な行事だ。法要が行われた後、講談などの出し物が行われる。広場では、法田寺で行われている空手教室の子どもたちが演武を披露。仏教の世界を解りやすく伝える「子どものためのお題目法要」も行われる。次第に暗くなってくると、境内には提灯が灯され、夜店も賑わい始める。そして太鼓の音に誘われて、平間銀座(地元の商店街)を練り歩いてきた万灯講中が次々と境内に訪れる。最後は、やはり恒例のジャンケン大会が始まり、にぎわいの中で幕が閉じられる。

 こうした行事において、子どもたちが楽しむためにはどうすればいいかを考え、準備・進行のすべてを担っているのが、法田寺の青少年教化組織「でんでん虫」なのである。


「でんでん虫」の輪が広がる

「でんでん虫」が発足したのは平成11年のこと。檀信徒の1人が、「自分が子どもの頃はよくお寺で遊んだ。粗相をして前の住職さんに怒られたこともある。今ではそれがとてもいい思い出になっている。けれど今はお寺で遊ぶ機会が無くなってしまった。お寺で遊んだ思い出を、今の子どもたちにもさせたい」と岸師に話したことがきっかけだった。
 ちょうど先代が亡くなって、現在の岸顕雄住職が晋山する時だった。代替わりして若い岸師が住職になったことで、これまでの寺院の姿にとらわれない活動ができるのではないかという期待もあったのかもしれない。
 岸師自身も、寺院をもっと人の集まる場所にしたいと考えていた。「地域のコミュニティーにしたい」という思いを持って晋山したのだった。
 その時、まわりにいた檀信徒も、この発言に共感を感じていた。そして、「子どもたちが遊べるお寺に、みんながもっと気楽に来ることのできるお寺にすることをみんなで考えよう」ということになったのである。
 こうして、「子どもたちをお寺で遊ばせる」ためのプロジェクトが始まる。まず有志が集まって、どんな活動を行うかを話し合った。

 この時、岸師は2つの要望を出した。
 ひとつは「何をするかについては、私はできるだけ口を出さないようにする。リーダーもみんなの中から選んで欲しい」ということ、もうひとつは「子どもが、楽しくお寺で過ごすことができれば、仏教色は出さなくていい。お寺らしいことをしなければならないということを、気にしないで欲しい」ということである。
 寺院を中心として活動をする団体なので、通常は「住職を代表者に」「住職の意向をできるだけ汲んで」と考えがちである。しかし岸師は「僧侶がリーダーになると、どうしてもその人のカラーが強く出てしまって、活動が型にはまったものになりがちである。お寺の中から見る社会と、一般の人が見る社会は違うので、お寺の視点にとらわれたくなかった。またお寺から規制をかけたりあれこれ要求を言ったりするより、すべてを委託して自由にやってもらうようにしたほうが、責任のある分、みんな真剣に考えてくれる」と考えた。つまり寺院の意向にのっとって活動する組織でなく、自立的に活動できる組織であることを望んだのである。
 岸師の要望を受けて、色々なことが決まっていく。会長には、地区の少年野球の監督をしている人が選ばれた。会の名前は「でんでん虫」に決まった。主な活動の機会を、花祭り、お会式、そして夏休みの時期に子どもたちを集めて行う納涼会の3つに絞った。会費は、このそれぞれの行事に1,000円づつ使うことができるよう年間3,000円とした。自立的な組織であるため、基本的には寺院からの資金援助も行わないことにした。

「でんでん虫」の活動はこうして始まったのである。
 活動が始まって今年で3年目。会員は250人を超えた。そのうち檀家は約1割である。圧倒的に非檀家が多い。
 境内で法要をやっていても、それに関心を持つ子どもはほとんどいない。万灯行列が練り歩けば興味は持つかもしれないが、それを眺めて終わりである。
 しかし法要の時などに、境内いっぱいに屋台があればどの子どもも行ってみたくなるし、景品のついたジャンケン大会があれば自分も参加したいと考える。隣の家の友だちが、お寺で遊んでいたら、自分も行きたくなる。
 こうして子どもたちの輪が、どんどん広がっていった。

 それは親も同じである。屋台がたくさんあれば、やはりそこに足を運びたくなる。隣人や友人が、「今日はお寺で花祭りがあって、午後から行くんだ」と言えば、「じゃあ私も行ってみようかな」ということになる。誘った人が檀家だと「檀家だけの集まりに、自分が参加すると居づらいのでは」と感じることもあろう。しかし、誘った人も法田寺の檀家ではないとなると、「檀家でなくても、参加していいんだ」ということを、説明しなくても解ってもらえる。「檀家が誘うよりも、檀家でない人が誘うほうが、参加しやすいみたいだ」(岸師)ということなのだ。
 こうして一度行事に参加した親子が、今度は「でんでん虫」の正式な会員になっていく。「子どもが参加するようになると、自然に親も『でんでん虫』の会員になっていく。そして一度準備等を手伝ってもらうと、『次はいつですか。ぜひ手伝わせてください』ということになっていく」(岸師)のである。

 約250人の会員のうち、行事が行われる時にスタッフとして準備等を行う人は50人ほど。会員の年代は30〜40代が中心である。当然だが小中学生の子どもがいる世代が中心だということだ。
 一般的には、寺院での行事に参加するのは、60代以上の人が多い。通常、寺院に関心を持つようになるのがその年代であるということ、仕事を辞めていて時間に余裕のある人が多いことなどがその理由である。
 それを考えると30〜40代の人が、寺院の活動に積極的に参加していくことの意味は大きい。寺院と縁を持つ人の幅が広がったということであり、それによって寺院の雰囲気も変わってくる。何よりも、若い分だけ長い期間、寺院とつきあっていくことができる。

 また若い人が集まると、伝統にとらわれないアイディアも出て来るという。まだ50代の住職と世代が近い分だけ、寺院に対する要望も言いやすいともいう。「お会式で『子どものためのお題目法要』をやってくれと言い始めたのも、『でんでん虫』のメンバーだし、最近は色々遠慮せずに言ってくれるようになった」と岸師も「でんでん虫」メンバーの活力に刺激を受けているようだ。
「子どもたちをお寺で遊ばせる」ために始まった「でんでん虫」であるが、むしろ大人のほうが積極的に参加し、法田寺を中心とした新しい地域コミュニティーが生まれつつあるのである。


空手道場の経験が「でんでん虫」に生きる

 法田寺を中心とした地域コミュニティーをつくっていくという考えは、岸師がまだ副住職の時代から常に考えていたことである。平成3年頃から始めた空手道場もこの考えを具現化する1つの手段であった。
 ただし空手道場を始める直接的なきっかけとなったのは、岸師の息子のひとりが、いじめにあったことである。
 息子のいじめを知って岸師は、「本人の弱さを克服させることで、いじめ問題に取り組んでいこう」と考えた。その手段として岸師が選んだのが空手である。「礼儀が身につき、大きな声を出すとができ、精神的な強さとともに肉体的な強さが鍛えられる」空手が、息子のためにはいいと考えたのである。

 たまたま知人の紹介があって、「この人なら」と信頼できる空手の先生に出会うことができた。息子を通わせようと話をしに行くと、「お寺のほうが広いから、お寺でやってもいいですよ」という。そして「いい機会だから、お寺で空手教室をやらして欲しい。有料でいいから、場所を貸してもらえないか」と提案してきたのである。
 この話は岸師にとって願ってもない提案だった。寺院を舞台にして、何か人の集まることをしたいと考えていた岸師である。ちょうどその2年前に、斎場にも使える釈迦堂を建立したばかりであったが、これも人が集まることのできる場として使えるよう設計している。それまでに不定期ながらも、写真展などの展示スペースとして利用してきたが、本格的な利用はこれからというところであった。
 「ならば」ということで、すぐに岸師は法田寺で空手道場を始めることを決める。そしてその空手の先生にある提案をしたのだ。「釈迦堂を道場として利用してください。使用料は出していただかなくてもけっこうです。その代わり、法田寺との共催で始めさせていただきたい。それともうひとつ、お寺で行事などがあった時に、みんなで手伝うことをお願いしたい」と。
 こうして法田寺の「清心館・空手道場」が始まる。日程は毎週水曜日ということになった。ただし葬儀が入った時には、本堂を利用しての練習となる。


法田寺本堂


 今日まで10年以上にわたって続けられてきた空手道場について岸師は次のように語っている。
「空手の練習ではあいさつがとても大切だとされている。あいさつができないと先生はそれがきちんとできるまで怒り続ける。常にあいさつをしているから、自然と普段もきちんとしたあいさつができるようになる。ある母親が、『空手に通い始めて、うちの子がきちんとあいさつをするようになった』と話すのを聞いたときは、私もほんとうに嬉しかった。こうした基本的なことが子どもたちに身につくのが空手のいいところ。私は、仏教的な教化あるいは宗派的な教化は、子どもたちに強調する必要はないと考えている。むしろ人間としての教化活動のほうが重要。それをこの10年で実感した」
 またこの空手道場を続ける中で岸師は、〈僧侶が寺院で人を集める〉のではなく〈寺院を利用してもらい人に集まってもらう〉ということの大切さを学ぶ。言い換えれば〈すべてを任せる〉ことの大切さである。〈好きなようにやってもらう〉ことと言ってもいい。任せることで参加者に責任が生まれ、責任があるから真剣になることができる。また、真剣だからこそ活動する人も、それを楽しむことができる。

「でんでん虫」設立にあたって岸師が言った「何をするかについては、私はできるだけ口を出さないようにする。リーダーもみんなの中から選んで欲しい」という言葉は、〈すべてを任せる〉という形で空手道場を続けてきたからこそ言える言葉なのだ。
 ただ〈すべてを任せる〉ことにはリスクを伴う。つまり寺院の考える方向性と異なる活動になってしまったり、建物を傷めてしまったりする可能性がある。

 しかし岸師は次のように話す。
「お寺で活動するからといって私は、お寺らしいこと、仏教らしいことをやらなくてはならないとは考えていない。それにこだわり過ぎると、せっかくのお寺のいいところが損なわれてしまう。道場を始める時に、空手の先生に『こんなに広い場所があるのだから、私のほうがお寺に行きますよ』と言われた。でも『こんなに広い場所』があるにも関わらず、それを利用しきれていないのが今のお寺の現実だ。『厳かだけど、近寄りがたい場所』というのが多くの人の抱いているお寺のイメージ。それはそれでいいのかもしれないが、お寺は人が集まることができてはじめて活力が生まれる。またお寺を道場として使うと、建物が傷むし汚れもする。でもそのリスクよりも、子どもたちが大きくなって『僕はあのお寺で空手の練習をした』と思えることが大切。たくさんの人が利用するようになって初めて、本当の『地域のお寺』になることができるのだ」
 多くの寺院では、こうしたリスクを「好ましくないもの」と考える。それはある面においては正しいかもしれない。しかし岸師が言うように、それにこだわり過ぎると、せっかくのいいところが損なわれてしまう。歴史的に見ても寺院は、仏教だけを説いてきたわけではなかった。寺子屋という学びの場であり、悩み相談所であり、病気相談所であり、集会所であり、遊び場であった。こうした多面的な機能を備えてきたからこそ、地域にとって必要不可欠な存在であり続け、地域に根づいてきたのである。現代の寺院が活力を無くしている最も大きな原因が、この仏教以外の部分で役割を果たせなくなっていることにあるのだ。

(月刊『仏事』2003/1月号より)

 
↑このページの先頭に戻る


株式会社鎌倉新書
〒103-0028
東京都中央区八重洲1丁目6−6
八重洲センタービル7階
TEL 03-6262-3521(代表) / FAX 03-6262-3529