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成功者から学ぶ-さびれていく寺院と発展していく寺院の違いは?-
現代に寺子屋を復活させる
   ──学校でできないことを、寺だからできることを
真宗佛光寺派梵行寺(新潟県月潟村)

寺の境内で、子どもたちが遊ぶ風景を、ひと昔前はあちこちで見ることができた。寺の境内は開放的で広く、そして何か安心できる場所だったからである。いたずらをして、住職に叱られても、また来てしまうのが寺だったのだ。
しかし今、境内で遊ぶ子どもたちを見ることはほとんど無い。子どもたちは学習塾に通うので忙しいし、外で遊ぶこと自体が少なくなっているからである。
新潟県月潟村の真宗佛光寺派梵行寺(木村恭尚住職)では、子どもたちが学び、遊ぶ場所としての寺院のすがたを復活させている。学び、遊ぶことを通して子どもたちは、寺や仏教に親しみ、人間として成長する。学校にはできない、寺だからできる教育がここにはあるのである。
梵行寺本堂
梵行寺本堂

子どもたちの集る寺院
 梵行寺の夕方はにぎやかだ。小学校低学年の子どもたちが一人また一人と境内を訪れ、庫裏に入っていく。庫裏の一室では数人の子どもたちが、習字を行ったり、算数の勉強をしたりしている。静かに机に向かっているかと思ったら、少しづつおしゃべりが始まり、段々とうるさくなる。「静かにしなさい」との声で、おしゃべりは止むが、すぐにまたうるさくなってくる。
 しばらくして小学校低学年の子どもたちが帰ると高学年の子どもたちが、そして午後6時を過ぎると部活動を終えた中学生が庫裏で勉強を始める。9時になってようやく子どもたちは帰り、梵行寺の1日は終わる。

もっと活気のあるお寺に

 梵行寺には、子どもたちが学び、遊ぶための「えにち会」という会がある。「えにち会」の活動は、小・中学生対象の「寺子屋教室」、小学生対象の「子供会」、中学生対象の「中学生の会」の3本柱からなる。
「寺子屋教室」は月曜日から水曜日の夕方に行われ、習字や算数を学ぶ。「子供会」「中学生の会」は、レクレーションを基礎とした、楽しみながら参加できる「生き方を学ぶ場」である。冒頭で述べたのは、この中のひとつ「寺子屋教室」の風景である。
 この「えにち会」は、副住職の木村俊尚師、その夫人の三保子氏が中心となって運営している。
「えにち会」がスタートしたのは平成2年であるが、俊尚師はそれ以前、住職の恭尚師のもとで法務をこなしながら、学習塾の講師を務めるという毎日を過ごしていた。

 そんな中で感じていたのは、寺院をめぐる環境がだんだんと変化してきたことである。例えばそれまで梵行寺の檀信徒は農家の割合が高かったのであるが、次第に勤めに出る人が増え、会社員が多くなってきたという変化がある。近隣に団地ができて新しい住民が増え、その多くが核家族となってきたこと、また個々の意識も変化し、生活の中で仏事や信仰が占める割合が少なくなってきたこともある。
 そしてこうした変化は、寺院の活気を衰えさせることにつながる。俊尚師は、寺院がおかれているこうした状況に対して、何らかの対応をしたいと考えるようになってきた。人が集まる、活気のある寺院を復活させていきたいという想いが、日に日に高まってきたのである。

 俊尚師のこの想いは、「まず子どもたちを対象に、人の集まる寺院にしていきたい」という方向性を持つようになる。俊尚師は当時、学習塾で日々、子どもたちと接していたことが大きかったようだ。
 それまでにも俊尚師は何度か、学習塾で教えている生徒らを梵行寺につれてきて、寺での生活を体験させるなどしていた。子どもたちがあらゆることを学ぶ場所として寺院が大きな可能性を持つことを実感していたのである。こうして「梵行寺を子どもたちが学ぶ場所にするため、子どもたちの集う場所にするため、本格的に取り組んでみよう」と決意するに至ったのだ。


軌道に乗るまでに5,6年かかった

 俊尚師が目指したのは、レクレーションを基本に、仏教の教えを生かした「人間としての学びの場」をつくるというものだった。しかしこれだけでは、本当に子どもたちが集まるだろうか、という不安もあった。そこで、学校の勉強を補完する学習塾的な要素を加えて、親の興味を惹くことはできないかと考えたのである。もちろん単なる学習塾ではなく、学校教育とは異なる視点で、仏教らしさ、寺らしさのある「学びの場」である。
 こうして、勉強をする「寺子屋教室」と、遊びながら仏教や寺と親しんでいく「子供会」「中学生の会」を組み合わせて活動を始めることになったのだ。
 ちょうど俊尚師は三保子夫人と結婚したばかりだった。三保子氏も新しい寺院のあり方や、学校教育のあり方に関心を持っていたため、「えにち会」は2人が中心となって運営していくことになった。

 もちろん「えにち会」の活動は、はじめから順調だったわけではない。
 1年目のメンバーは小学生が8人と中学生が2人の合計10人だった。出席率も悪く、特に中学生はメンバーの2人ともが来ないということもしばしばだった。年令が高くなる程、心を開かない子どもも多く、コミュニケーションをとることも難しかったという。
 また「えにち会」に学習塾を期待している親が多く、俊尚師らとの温度差もあった。逆に遊びの方だけを期待している親もいて、親同士でも考え方が異なっていたという。
「えにち会」は学校の勉強だけが目的ではないので、「寺子屋教室」のみの参加は認めず、必ず「子供会」「中学生の会」に参加しなくてはならないと定めたのであるが、これがなかなか理解されなかったようだ。

「初めの数年は、やり始めたのはいいけど、あまりうまくいかなかったので、このまま自然消滅してしまうのではないかと思った」(俊尚師)ほどだという。
 結局、軌道にのるまでには5,6年かかった。発足した時に小学校低学年で参加した子どもたちが、高学年や中学生となって「えにち会」の中心となってきたことで、会の活動がスムーズになってきたのだ。親も子どもも数年にわたって参加して、俊尚師らとコミュニケーションをとってきたので、「えにち会」の趣旨をよく理解するようになったのである。


「学び」と「遊び」の「えにち会」
 前述の通り「えにち会」は「寺子屋教室」と「子供会」「中学生の会」の3つの柱で活動をしている。これに11月2日の報恩講の後に行う「親子報恩講」が加わる。
 寺子屋教室が行われるのは月火水の週3日。プログラムは次の通りである。
月曜日 4:00〜5:00 ペン習字 (小学1,2年)
  5:00〜6:00 算数 (小学4年)
  6:00〜7:00 算数 (小学5年)
  7:00〜8:00 数学 (中学1年)
  6:00〜7:00 数学 (中学3年)
火曜日 5:00〜6:00 習字 (小学3〜6年)
  6:00〜7:00 算数 (小学6年)
  7:00〜8:00 数学 (中学2年)
水曜日 5:00〜6:00 習字 (小学3〜6年)
  6:00〜9:00 習字 (中学1〜3年)

 習字と算数・数学のどちらか一方だけの参加でもいいが、ほとんどが両方の教室に来ていると言う。
 習字は、どれが上手でどれが下手といった判断は一切しない。親子報恩講の日にも習字を行うが、この日はテーマを与えて、テーマをもとに自分で考えた言葉を半紙に書かせている。手本が無いので、必ずしも上手ではない。できるだけ上手下手といったことを気にせずに書くことを大切にしているのだ。書かれたものは本堂に張り、寺に来る誰でもが見ることのできるようにしてある。
 また算数・数学は、「進学塾のように、優等生を育てるためのものではない」(俊尚師)ため、学校でわからなかったことを教えるというかたちでの授業である。
 ちなみに習字も算数・数学も1回500円で受けることができる。
「子供会」「中学生の会」には年間を通してのテーマが決められている。今年のテーマは「感覚のよみがえり」で、テーマにそったプログラムが多く織りまぜられる。

正座して習字
正座して習字


 「子供会」は月1回、第2か第3の日曜日に行われる。
 まずお勤めに参加し、法話を聞いた後、全員でビデオを見る。ビデオは「親鸞聖人の生涯」などの仏教的なものや、教育的なものなどが中心だ。年間テーマにそったビデオも必ず何回か上映される。
 ビデオが終わると今度はゲームである。何のゲームをするかは、俊尚師らが考えることもあれば、子どもたち自身で考えることもある。例えば、座布団を積み重ねてその上に座り、座布団の枚数を競うゲームや、碁石を箸でつかんで移動させて、移動した碁石の数を競うゲームなどが行われている。屋外で、横に寝かしたゴミ箱を9個(横に3個ならべたものを3段重ねる)置き、それを狙ってボールを投げ、ゴミ箱にどれだけ多くのボールを入れることができるかを競うゲームも考えた。これはテレビで放送されている「ストラックアウト」というゲームを参考にして始めたという。
 ゲームは、子供会のメンバーを縦割りでグループ分けし(1つの班に1年生から6年生までが入るようにする)、班対抗で競争する。点数は毎回加算されていき、年間を通して競争しあう。

 「中学生の会」は年3回である。
 「中学生の会」では、まず法話を行い、その後、子どもたちと雑談のかたちで話をしあう。テーマにもとづいたアンケートを出して、その集計結果をもとに行われる法話もある。また年間のテーマにそったクイズを出し、楽しみながら学ぶ。

 また毎週土曜日には、子どもたちのための遊び場として境内を開放している。本堂に卓球台やビリヤード台などが用意してあり、それを自由に使うことができる。ちなみに最近流行っているのは、囲碁や将棋だという。「えにち会」の会員以外の子どもを誘ってきてもいいことになっている。ただし、来た時と帰る時にあいさつをすることだけは、義務づけている。
 最初は10人でスタートした「えにち会」も今では約60人が参加するようになった。ちなみにこのうち、梵行寺の檀信徒の子どもは約半分である。出席率も高くなり、約半数が皆勤だという。学習塾に通っているのに、寺子屋教室にも来る子どもや、学校を休んでいるのに寺子屋教室に来る子どももいるほどだ。


学校や家で話せない相談も

「昔はお寺でみんな自由に遊んでいた。それが無くなってきているのが寂しい」と俊尚師はいう。「お寺と疎遠になっているから、説教をしてもそれが心に響かない。だから子どものうちから親しんでもらいたいと思った。それが梵行寺えにち会の原点だ」
 今では、それぞれの子どもたちはほとんどが週に2回、書道と算数・数学のために寺子屋教室に通っている。小学校1年生の時から中学校3年生まで続けて通っているので、俊尚師らは学校の担任教師以上に子どもたちのことを理解している。また子どもたちは、親の前では見せない姿、学校では見せない姿を寺で見せることも多い。

「最近の子どもは、机に向かっていてもすぐに騒ぎはじめるし、人の話を聞かない。だから私たちは、いつも大きな声で、それを叱っている。怒ったり、叱ったりしても、なかなか言うことを聞かないが、最後にはわかってもらえる。怒ったり、叱ったりということは、信頼関係が無いとできない。長い年月を積み重ねてきたからできる」(三保子氏)
 寺子屋教室で勉強している時でも、誰かが悪さをした時などは、勉強を中断してでも、話して言い聞かせるようにする。単に叱るのではなく、仏教的な話をおりまぜるようにしている。一度言って解らなくても、繰り返し繰り返し、いろいろな話をしていくことで、子どもたちは少しづつ成長していく。勉強も大切だが、あくまでも人間としての学びの場であるのが「えにち会」だからである。

 もちろん子どもたちとの関係は、怒ったり、叱ったりというものだけではない。学校や家では話すことのできないような相談があることもある。進学についての相談を受けることもあるようだ。
 子どもたちからも、親たちからも信頼されていることは、ほとんどが小学校1年生から中学校3年生までやめずに梵行寺に通っていることが証明している。やめずに通うことで、子どもたちの最後までやり抜く力も育ってきている。
 「受験に失敗した子どもが、『自分の人生ですから、がんばります。大丈夫です』と言いにきた時には、ほんとうにうれしかった。その子はいつも騒いでばかりで、注意しても言い訳してばかりの子だった。でも最後に、こうした力強い言葉を示してくれて、みんなほんとうに成長しているんだということが実感できた」(三保子氏)

 寺という場所の持つ力を通して、仏教の言葉を通して、子どもたちといっしょに成長していく。それが俊尚師と三保子氏にとっての「えにち会」である。そして子どもたちを通して、子どもたちの家庭における仏教や仏事への関心を高めることにもつながっている。
「仏事は家庭教育だと私は考えている。仏事は、中心は自分ではなく、ご先祖さまだというこということを教えてくれる。家庭において仏事があまり大切にされなくなってきたことが、近年、家庭を荒廃させることにつながっているように思う。だからこれからも梵行寺では、えにち会を続けていきたい」と俊尚師は語る。ただ、「いまは自分が副住職だから、えにち会を続けられるが、住職になったら法務におわれて続けることは難しいかもしれない」という不安もあるという。
 梵行寺のえにち会は、かつて寺院が持っていた寺子屋という役割を、現代的なかたちで復活させたものである。そしてその活動は、地域社会における寺院が、現代においてもたくさんの可能性のあることを示してくれるのだ。

(月刊『仏事』2003/8月号より)

 
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